研究 / Research
複雑形質ゲノム解析分野 / Laboratory of Complex Trait Genomics
我々の研究室は、ゲノムやオミックスなどのヒト生体ビッグデータを遺伝統計学や学習理論に基づいて解析し、複雑形質とは何かという問いに、データ解析から迫ることを目指します。形質とは生物の持つ性質で、個体を特徴付ける情報です。形質としては、例えば外見や性格、血液検査値、あるいは疾患などが挙げられます。数個以下の遺伝子で説明できるような形質でないものをcomplex traitと呼びます。この学術用語はわが国では多因子形質と訳されることが多いですが、あえて本分野では複雑形質と直訳することにしました。
ヒトの複雑形質には遺伝性があることが知られています。我々や様々な研究者が行ったSNPアレイを用いたゲノムワイド関連解析(Genome Wide Association Study; GWAS)により、非常に多数の遺伝子制御領域のありふれた遺伝的バリアントが複雑形質に関連し、しかも複数の複雑形質は雲のように徐々に相互に関係し合っていることがわかってきました。これは、ゲノム配列の違いに基づき、細胞内ネットワークの一般的な応答性などの面において多様性が生じ、それに対する全身あるいは局所における細胞内外への環境因子の入力と相まって、最終的な形質が構成されていくということを意味しているのだと考えています。
複雑形質の研究は次のステージに入ってきており、レアバリアントやオミックスデータを統合解析していく必要があります。ありふれたバリアントの遺伝効果の検出には線形解析であるGWASが有効でしたが、これらの新しいデータには新しい解析手法が必要になると考えています。そのため、遺伝統計学の基礎に基づき、学習理論を取り込んだ新しい複雑形質の解析を目指すのが当研究分野の方向性です。
また、将来の日本においてゲノム・オミックス情報が医療現場や社会において用いられるようになってきたとき、複雑形質ゲノムという観点から理論的あるいは実践的にそれらに関わることのできる人材の育成を目指します。
研究テーマ / Research themes
ゲノムワイド関連解析 / Genome-wide association studies
ゲノムワイド関連解析(GWAS)は複雑形質の遺伝的特徴を解明する基盤的技術です。世界的に多くの形質の解明が進んでいますが、国際共同研究による統合解析に参加したり、あるいは未だ解析が進んでいない複雑形質を見つけてそのGWASを実施します。最近の業績としては、脳血管障害や胃・十二指腸潰瘍のGWASが挙げられます。
ヒトの分子的基盤の設計図であるゲノムにおける形質と関わる特徴は、形質の生物学的メカニズムを解明する糸口となるものです。メカニズム的なデータ推論により病態解明への貢献を目指します。

胃・十二指腸潰瘍のGWAS結果。20箇所以上の遺伝的座位が発症に関わっている。
関連論文 / Related publication: He Y, et al. Nat Genet 55, 2129–2138 (2023)
脳血管画像ゲノム解析 / Brain vascular imaging genomics
我々の研究室も参加して実施した脳血管障害の国際共同研究では、脳動脈瘤の遺伝的多様性は血管上皮、脳梗塞の遺伝的多様性は血管平滑筋における遺伝子発現の多様性を介して病気に関連している可能性が示唆されました。これを受けて我々は脳血管画像のゲノム解析を行い、脳血管がどうであると疾患に関係するのかを明らかにします。
空間トランスクリプトームの深層学習解析 / Deep learning for spatial transcriptomics
病気の検体を採取・染色して顕微鏡でその特徴を見極める病理学的検査は、一般診療でがんの検査などに用いられています。近年、空間トランスクリプトームと呼ばれる、これまではわからなかった病理画像上の場所ごとの遺伝子発現を網羅的に測定する手法が開発されました。
我々は専攻内の共同研究としてDeepSpaCE手法を開発しました。これは空間トランスクリプトームの超解像度化や3次元補完による課題解決を行うものです。本手法により、組織学や病理学の専門家でない研究者も、遺伝子アノテーションを介して組織切片画像を詳細に解釈可能となり、がん研究をはじめとしたさまざまな分野への応用が期待されます。

DeepSpaCEはH&E染色画像を入力として空間的な遺伝子発現量を予測する。
関連論文 / Related publication: Monjo T, et al. Sci Rep 12, 4133 (2022)